EPISODE.02
YUTO
ARAKAKI
シーサー職人新垣 優人
新垣 優人
26.10.22
受け継いだものに、
自分らしさを掛けていく。
親方はお父様ですね、シーサー職人になったきっかけは?
父が京都の清水寺に龍を奉納したことがあって、それを見たときに「かっこいいな」と思ったのがきっかけです。
そこから21歳で始めました。それまでは、シーサー職人になろうとは全然思っていなかったですね。シーサーは「父の仕事」という感覚だったし、母からも「あれはお父さんにしかできない」と言われていたので、自分が同じ道に進むとは考えていませんでした。
家にいるときは「お父さん」ですけど、シーサーを作る職人としては「親方」です。最初は「お父さんみたいになりたい」というのが目標でした。
今も、横に並んだとも、超えたとも思っていないですね。多分ずっと、超えられない壁として前を走っている。それを追いかけるのも楽しいし、そのおかげで自分も成長できていると思います。
首里城の鬼瓦の制作をされました。
作る難しさは、どこにありましたか?
鬼瓦の制作は“復興”なので、昔の鬼瓦に似せないといけないんです。
普段は自分のオリジナルを作っているので、「昔のものと同じように作る」ということ自体が難しかったですね。寸法を細かく測って、それを新しく作る鬼瓦に反映させていく。技術的にも初めての経験でした。
それと同時に難しかったのが、自分を抑えることでした。
僕はずっと、魔除けとして強い、怖い表情のシーサーを作りたいと思ってきました。だから作っていると、自然と「もっと怖い顔にしたい」とか、自分のシーサーらしさが出てくる。
でも今回は復興だから、それを入れてはいけない。そこは難しかったですね。
鬼瓦の窯を開ける前日は、どんな心境でしたか?
眠れなかったですね。緊張とプレッシャーで、夜中に吐いてしまったりもしました。
朝、みんなで窯を開けるときも手が震えていて。ちゃんと焼けているのか、パーツが破裂していないか。少しずつ確認しながら開けていきました。
それで、成功しているのが分かったときは、みんなで拍手しました。
その瞬間は「嬉しい」という気持ち?
「嬉しい」より、安心したという気持ちが一番大きかったです。
僕たちは造形を担当していて、その後には釉薬を担当する人たちがいる。
だから、「次につなげられた」という感覚がありました。
様々なコラボや、新しい表現にチャレンジされていますね。
僕は結構、いろんなものを足すんです。巻き毛も多いし、強く見せたいから筋肉をつけたり、血管までつけたり。だから「ちょっと足しすぎじゃない?」とか、「引き算も覚えた方がいい」と言われたことがあります。
でも、僕のシーサーはこれだからって思ったんですよね。だったら引き算じゃなくて、掛け算をやってやろうと。シーサーと違うものを組み合わせたり、その人に合った作品を作ったり。いろんな掛け算をすることで、シーサーに興味がなかった人にも知ってもらえるかもしれない。
シーサーって、現実にはいない空想上の生き物なんです。だから、その人にとってのシーサーがあっていいと思っています。誰かに言われて形を変えたり、自分らしさをなくしたりするんじゃなくて、その人が思うシーサーがあっていい。可愛いシーサーも、怖いシーサーも、面白いシーサーもいる。それが自由なのが、シーサーだと思っています。
新垣さんにとって、先人たちはどんな存在ですか?
リスペクトしかないです。
その人たちが紡いでこなかったら、今のシーサーという文化はなかったと思うので。だから、その文化を大切にしながら、僕はもっと広げていきたい。シーサーって、決まった一つの形じゃなくていいと思うんです。
可愛いシーサーがいてもいいし、怖いシーサーがいてもいい。面白いシーサーがいてもいい。その人にとってのシーサーがあっていい。
それがシーサーの自由さだと思います。
これからの沖縄を、どんなふうに思い描いていますか?
シーサー職人がもっと増えてほしいですね。僕は父の背中を見て、「シーサーを作りたい」と思いました。だから、自分の子どもでも、シーサー職人の家に生まれていない人でも、僕の背中を見て「シーサー職人になりたい」と思ってくれたら嬉しいです。
職人が増えたらライバルも増えますけど (笑)。でも、その方が切磋琢磨できますから。
自分も親方も、自由にシーサーを作ってきましたし。だから次の世代にも、何かに制限されるんじゃなくて、自由に自分のシーサーを作っていってほしいと思っています。
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PROFILE
新垣 優人(あらかき ゆうと)
1994年、沖縄県生まれ。読谷村で代々シーサーや器を手がける窯元「やちむん家」の4代目。大学在学中、父・新垣光雄氏が制作した京都・清水寺奉納の龍「祥雲青龍」に感銘を受け、シーサー職人の道へ。父のもとで技術を学び、卒業後から本格的に制作活動を開始する。
沖展をはじめ数々の工芸展で受賞を重ね、2025年には沖縄県工芸公募展で最優秀賞を受賞。2026年には首里城正殿の「鬼瓦」の制作・設置を手がける。
すべて手びねりで生み出す作品は、伝統を受け継ぎながら、星座や風神雷神、麒麟など自由なモチーフを取り入れ、現代の暮らしに寄り添う新たな「守り神」として、シーサーの可能性を広げ続けている。